第3話 遺されたナイフ page 1 / page 2


《遺されたナイフ》

 

 夜8時過ぎ。真雪は、自らの経営するペットショップ「MAYU」のフロントにいた若い女性店員に声を掛けた。「ごめんね、香織ちゃん、遅くまで」

「いえ、とりあえずワンちゃんのカットの予約スケジュール、今日中に調整しときたかったので。店長こそ、お早めに帰宅して下さいね。愛する龍くんのためにも」彼女はそう言っていたずらっぽくウィンクをした。

「ありがと」真雪は微笑んだ。

 

「今日は龍くんのお誕生日なんでしょ?」

「そうだけど、なんで知ってるの?」

「だって、」香織は後ろを向いて、壁に掛かっていた大きなカレンダーを指さした。「ここにちっちゃなハートマークが」

「あはは、ばれてたんだ」

「羨ましいな。店長ご夫婦、いつもアツアツで。それに健吾くんも真唯ちゃんもめっちゃかわいいし」

 真雪は照れたように笑った。「香織ちゃんも素敵な彼氏、早く見つけなよ」

「そううまくいけばいいんですけどね」香織は困ったような顔をして小さなため息をついた。

 

 海棠真雪(30)は、高卒後、動物飼育の専門学校に通い、動物、ペットに関する数多くの資格や免許を取得して、現在すずかけ町の繁華街の中心付近に『MAYU』という小さなペットショップを開いている。彼女はいとこの海棠 龍(26)と結婚して、二児の母となっていた。

 その真雪の夫、龍と、このペットショップに長く務める香織とは高校時代のクラスメート同士なのだった。

 

「じゃあ、店長、また明日」コートを羽織りながら、香織は店のドアを開けた。「うわ、寒っ!」

「今夜はちょっと冷えそうだって言ってた。帰りは気をつけてね」真雪は小さく手を振って、最後まで残っていたそのスタッフを見送った。

 真雪はフロントのカウンターに戻って、レジに鍵を掛けた。その時、店のチャイムがゆっくりと鳴らされた。真雪は怪訝な顔をして入り口に向かった。

 

「はい……」真雪はドアを開けた。

 

 外に一人の男が立っていた。茶色に染めた短い髪、頬から顎にかけて短い髭を生やしている。真雪にとっては初めて見る男だった。11月の終わりだと言うのに、その男は黒っぽいTシャツ一枚に、膝のあたりが破れたジーンズを穿いていた。そのよれよれのシャツの胸には『Dragon』というロゴがプリントされている。

「真雪さん、だね?」通りの悪い声でその男は言った。

「もう、閉店の時間なんですけど」

 男は構わず店の中に入り、真雪の正面に立った。そしてもう一度言った。「真雪さん、だね?」

「あ、あの、どなた?」

「え? 覚えてないの? ショックだな」男は真雪から目を離さず、抑揚のない口調で言った。

「え、えっと……」

 男は後ろを振り返り、入り口ドアの内鍵を掛けた。そしてまた真雪に向き直った。

「えっ?」真雪は小さく叫んだ。男の右手にナイフが握られていたからだ。

「騒がない方がいいよ、真雪さん」男は左手で真雪の肩を強く掴んだ。

「な、なに? ご、強盗?」真雪は青ざめた顔でようやく言った。

「期待を裏切って悪いけど、僕は今、お金には興味がない」

 

 真雪はおぞましい予感がして、思わず後ずさった。背中がカウンターの台に当たった。

「僕のこと、覚えてないの? 僕だよ、鷹匠」

「た、鷹匠……さん?」

「高校の時、一緒だったでしょ」

 真雪の記憶が甦り始めた。高校三年生の時に同じクラスだった鷹匠亮介。仲のいい友だちがいるわけでもなく、いつも占いや超常現象などの雑誌を教室の片隅で読んでいた。ストレートの長い髪を無造作に垂らして、時々見上げる目は焦点が合わず、精気を伴わずに虚ろだったことを思い出す。当時女子からも男子からも敬遠され、誰も話しかけようとはしなかった。

「思い出してくれた? 真雪さん。イメチェンしたからわからなかったんだね」

 鷹匠はつんつんと立った茶色の髪を自分でなで回した。

「な、何が目的なの? 鷹匠くん……」

「立ち話もなんだから、奥に行こうか、真雪さん」

 鷹匠が執拗に『真雪さん』と繰り返すのに、真雪は気味悪い違和感を覚えていた。彼女は背中に刃物を突きつけられたまま、ショップの奥にあるスタッフルームに入った。

「おあつらえ向きにソファがあるじゃん」鷹匠は不気味な笑みを片頬に浮かべた。そしていきなり真雪の身体を突き飛ばし、白いソファに押し倒した。「きゃっ!」真雪は悲鳴を上げた。

 

 

「僕の目的、わかるよね?」鷹匠は真雪を押さえつけたまま低い声でそう言った。真雪は絶句して目を大きく見開いた。

 鷹匠はナイフの刃を自分の歯に咥えて、真雪のエプロンをはぎ取った。そしてショップのロゴ入りのシャツの襟に手を掛けた。

「い、いやっ! やめてっ!」真雪はもがいた。

 鷹匠は再びナイフを右手に握り直すと、無言でそのシャツの襟に刃を差し込み、縦に一気に切り裂いた。ブラに包みこまれた真雪の大きな胸が露わになると、男はふふっ、と小さく笑った。

「騒げば、こいつを君に突き立てる。僕は一度死体とセックスしたいって思ってる人間なんだ。死にかけているオンナの締まりは格別だって言うからね。だから君が騒げばそれが実現できる。でも、おとなしくしてれば、僕といっしょに君も気持ち良くなれる。どっちがいい?」

 男の目は狂気に満ちていた。

「僕の意図、解ってくれるよね? 真雪さん」

 鷹匠はまたナイフを口に咥え、真雪のジーンズのベルトを抜き去り、ボタンを外し、ジッパーを下ろして焦ったようにそれを彼女の脚から抜き去った。

 真雪は抵抗することもできず小さく震えていた。「や、やめて……お願い……」

「オトコがこの段階でやめられると思ってるの? 真雪さん」鷹匠は咥えていたナイフを手に持ち直すと、その冷たい輝きを放つ刃を真雪のブラのフロントにあてがい、真ん中からぷつんと切り離した。

 豊かなバストが解放され、ぶるん、と震えた。

「最高だね。あの頃と全然変わらない」鷹匠は真雪の太股に跨がり、薄気味悪い笑みを浮かべて言った。「僕は今まで風俗でしか女とヤったことなかったけど、こうして好きだった人とセックスできるかと思うと夢のようだ……。しかも高校の時から目をつけていたこんな巨乳の女性と」

「い、いや……」真雪の目に涙が滲んでいた。

「知ってた? 真雪さん。僕、高校の時から君のことが好きだったんだよ。周りのみんなが僕のことをキモヲタとか生き霊とか呼んで馬鹿にしてたのに、君だけは『鷹匠くん』って呼んでくれてたよね。僕、その時から君のことを特別に思ってた。知ってた? 真雪さん」

「た、鷹匠くん、お願い、やめて……あたしには龍が、」

 真雪が小さな声でそう言った途端!

 鷹匠はいきなりナイフを掴み直し、真雪の喉元すれすれに突き立てた。真雪は息を呑み、恐怖に顔を引きつらせた。

「龍! 海棠 龍! そう、あいつが、あいつが真雪さんを僕から奪っていったんだ!」鷹匠は叫んだ。そして顔を真雪に近づけた。「僕の、僕だけの真雪さんをヤツはあっさり奪っていった! 許せない!」

 鷹匠の手はぶるぶると震えていた。怒りで真っ赤になった顔からは脂汗が滲み出ていた。

「ただのいとこだって謀(たばか)りやがって! 知らないところで僕の真雪さんを手籠めにしていた!」

 鷹匠は焦ったように素手で真雪のショーツに手を掛け、それを引き破りながら無理矢理剥ぎ取った。そして自分のジーンズを膝まで下ろし、下着から浅黒いペニスを掴み出した。

「い、いやっ! た、鷹匠くん! やめてっ!」真雪は叫んだ。

「やめないね」鷹匠は真雪の両脚を大きく開かせ、彼女に考える暇も与えずに躊躇いもなくずぶり、とそのいきり立った男の欲望を谷間に突き刺した。

「う、ううっ!」真雪は仰け反り、苦しそうに呻いた。

 鷹匠は左手で真雪の乳房を乱暴に揉みながら腰を激しく動かした。「んっ、んっ、んっ!」

「い、痛い、痛いっ! や、やめてっ! も、もうやめてっ!」真雪は泣き叫んだ。

 鷹匠は真雪の腰を片手で抱え上げた。そして一度動きを止めると、反動をつけて一気に彼女の身体の奥深くまでペニスを突き入れた。その瞬間!

 びゅくっ!

 鷹匠の身体の中に渦巻いていた熱いものが真雪の中に発射され始めた。びゅくっ! びゅくびゅくっ!

「いやあああーっ!」真雪は叫んだ。

「うくうううっ!」鷹匠はぶるぶると小さく震えながらその快感に身を任せていた。右手に握られていたナイフも細かく震え、部屋の灯りをぎらぎらと白く反射させた。

「いや……」真雪の目から涙が溢れていた。

「あーあ、僕、真雪さんの中に出しちまった……」

 真雪は顔を両手で覆ってすすり泣いていた。

「孕ませちゃうかもね、真雪さんを」鷹匠はまた薄気味悪い笑みを片頬に浮かべて言った。「そうなったら、どうする?」

 鷹匠は真雪の手首を掴んで、強引に覆っていた顔から引き離した。

「僕の子どもを産むんだね、真雪さん。何だかわくわくする……」

 真雪は涙で汚れた顔を鷹匠に向けて、その目を睨み付けながら言った。「離れて! あたしから離れてよっ!」

「もう手遅れさ。思いっきり奥に出しちゃったからね」ふふっと鷹匠は笑った。「もしかして、危ない時期だった? でも、気持ち良かっただろ?」

 真雪は顔を背け、力なく言った「な、なんでこんなことするの? 鷹匠くん……」

「言ったでしょ? 僕、君が好きだったって。初めて君を見た時から、僕は君の虜だったんだよ」

 鷹匠は真雪から身体を離した。

「も、もう満足したでしょ? 帰って」真雪の目からは涙が溢れていた。「お願い、帰って」

「そうはいかないよ」鷹匠は不敵な笑いを浮かべてそう言うと、着ていたTシャツと膝まで下ろしていたジーンズ、それに下着を脱ぎ去り、全裸になった。

 顔を上げた真雪は、震えながら言った。「ま、まさか……また……」そして慌てて身体を起こした。

「おっと!」鷹匠は真雪の首筋にナイフを押し当てた。「逆らわない方がいいよ、真雪さん」

 真雪は身体を硬直させた。

「そう、おとなしくしててね」鷹匠はそう言って真雪の腕から切り離されたブラを取り去り、強引にソファに横たえた彼女の身体に馬乗りになった。

 男のペニスが大きく真雪の胸の上で脈動していた。「いいね。やっぱり愛し合う時はお互いにハダカでないとね」

「や、やめてっ!」真雪は暴れ始めた。

「騒ぐな!」鷹匠はナイフを真雪の顔の前に突きだした。

 真雪は構わず鷹匠の手首を掴んだ。鷹匠は動揺したように叫んだ。「お、おとなしくしろっ!」そしてナイフの背を真雪の乳房に押し当てた。

 真雪は動きを止めて鷹匠を睨み付けた。

「これ以上あたしを犯すつもりなら、あたしは!」

 ばしっ! 鷹匠はとっさに真雪の頬を平手打ちした。「黙れっ!」

 ばしばしっ! 鷹匠はもう一度、真雪の頬を殴りつけ、ナイフを放り出して両腕をソファに押し付けた。

「ぼ、僕に逆らう気か? もう手遅れだって言っただろっ!」

 ぺっ! 真雪は鷹匠の顔に唾を吐きかけた。「あたしはあなたなんかの言いなりにはならない! 離れてっ! 汚らわしい!」

 鷹匠は唇をぶるぶると震わせながら静かに言った。「汚らわしい? へえ、そう……そんなに僕を嫌うんだ……」

「当たり前よ! あたしの身体は龍だけのもの。あなたにまた犯されるぐらいなら、死んだ方がましよ!」真雪は荒々しく叫んだ。

 しばらく真雪の目を凝視していた鷹匠は、頬に掛かった真雪の唾液を右手の親指で拭った後、彼女の腕を押さえつけたまま身体に舌を這わせ始めた。腹から胸へ。そして乳房を口で捉え、乳首を乱暴に吸った。

「んんんっ!」真雪の身体がびくびくっ、と痙攣した。

 男は黙ったまま左手の人差し指と中指を真雪の谷間にそっと挿入させた。中に出された鷹匠の精液と真雪の雫がいっしょになって溢れだした。

 鷹匠は挿入させた指を大きく動かし始めた。「あ、ああああ!」真雪は身体を仰け反らせた。

「こうでなくちゃ」鷹匠はにやにや笑いながら真雪の顔を覗き込んだ。「感じてるんだろ?」

「や、やめて、やめてよっ!」

「そんなこと言って……もうこんなに感じてるじゃないか。正直になれよ、真雪さん」

「龍、龍っ……」真雪の目からまた涙が溢れ始めた。

「僕が忘れさせてやるよ。あんなやつのことなんかさ」鷹匠は片頬に薄ら笑いを浮かべてそう言うと、いきなり真雪の口を自分の口で塞いだ。

「んんんっ!」真雪は苦しそうに呻いた。

 鷹匠の唇が真雪の下唇を挟み込み、鷹匠の舌が真雪の口の中に挿入され、鷹匠の大きく開かれた口が真雪の口全体を覆い尽くし……。

 真雪の身体は意に反してどんどん熱くなっていった。

 男の両手の小指が真雪の両の乳房の周囲をそっと撫で始めると、真雪の息がにわかに荒くなってきた。

 鷹匠は口を離して真雪の潤んだ眼を見つめた。「女って、意外に単純なんだな。もう感じてやがる」そしていきなり真雪の乳首をつまみ上げた。ああっ、と叫んでのけ反り、真雪は身体を震わせた。

「真雪さんはここが弱いみたいだね。どう? 気持ちいい?」

「……」真雪は無言のまま、苦しそうな顔をして鷹匠を睨み付けていた。

「なに? 何か言いたいのか?」

 真雪は顔を背け、目を固く閉じて小さな声で言った。「も、もっと……」

「え? 何? 何だって?」鷹匠は真雪の口に耳を近づけ、意地悪く訊いた。

「もっと……あ、あたしに……」

「どうして欲しいんだ? 僕に」

「た、鷹匠くん……あたしに、入れて……、も、もう一度……」

 鷹匠は勝ち誇ったように笑った。「あははは! 言われなくても」

 鷹匠は真雪を四つん這いにして、間髪を入れずにぬるりとペニスを彼女の谷間に挿入した。そして大きくその太いものを出し入れし始めた。

「あああ! あ、熱い!」

「んっ、んっ、んっ! どうだ! 龍、僕の勝ちだ! おまえなんか、もう僕の敵じゃない!」鷹匠は激しく腰を動かした。「心ゆくまでこの女を突き刺して、ヨがらせてやるっ!」

「あ、ああああっ! あたし、あたしっ!」真雪が激しく喘ぎ始めた。「りゅ、龍、ご、ごめんなさい!」

「ふはははは! ざまあみろ! もうこの女は僕のものだ!」

 鷹匠は一度身体を離して真雪の身体を再び仰向けに横たえ、焦ったようにまたその濡れそぼったペニスを乱暴に真雪の秘部に突き立てた。

「あ、あああっ! だ、だめっ!」

 鷹匠は身体を起こして、真雪の脚を大きく持ち上げ、大きくペニスを出し入れした。真雪の身体は紅潮し、汗が全身に光っていた。

 真雪はそのめくるめく刺激に酔いしれていた。「ご、ごめんなさい、龍、龍っ! あたし、イ、イっちゃう! あなた以外の人にイかされちゃうっ!」

 真雪は脚を伸ばしてがくがくと痙攣し始めた。

「そ、そろそろフィニッシュ……」鷹匠が呻いた。そして真雪の豊かな乳房を鷲づかみにして、さらに激しく真雪を貫き、荒々しく腰を前後に動かした。

「あ……も、もう、で、出る、出るっ!」鷹匠が呻いた。

「あ、あたしも、あたしもイく! イっちゃうっ! あああああっ!」真雪はいつしか鷹匠に背中に腕を回し、鋭く爪を立てていた。鷹匠の背中には赤い筋が何本もついていた。

 びくびくびくっ! 真雪と鷹匠の身体が同じように激しく痙攣した。

 鷹匠は出し抜けに真雪の腕を振り払い、身を離した。そして脈動を始めた自分の持ち物を手で握った。

 びゅるるるっ!

 鷹匠の身体の奥深くから一気に吹き上がった熱い想いが、仰向けになった真雪の身体に容赦なく何度も何度も放たれた。

「あああああーっ!」真雪は仰け反った身体をぶるぶると震わせながら絶叫した。

 真雪は全裸のまま、その全身に白くどろどろした液をまつわりつかせ、放心したように荒い息を繰り返していた。

 鷹匠は元着ていた服を身に着けた。「どう? 僕の身体、忘れられなくなったでしょ」

「……」

「また来るね、真雪さん。近いうちに」

 そう言い放った男は、あっさり背を向けてペットショップを出て行った。

 真雪はソファに横たわったまま、床に落ちていたナイフを震える手で拾い上げた。そして表情をなくした目でそれをいつまでも見つめていた。


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