第3話 遺されたナイフ page 1 / page 2
《greenroom talk~楽屋話》
どんどんどんどん!
オフィスのドアが激しくノックされた。デスクのパソコンのディスプレイを見ていた神父尊は、コーヒーカップをソーサーに戻して顔を上げた。
がちゃりとドアが開けられた。
「神父尊さんっ!」ドアをばんっ! と乱暴に閉めて、修平が中にどすどすと入り込んできた。
「やあ、修平くん、どうしたんだい? 血相を変えて」
「し、神父尊さんっ! 俺、あなたを見損ないましたっ!」
「なに? どうしたの?」
「なんなんです? この展開!」
「展開?」
修平は顔を真っ赤にして拳を震わせている。「なんで真雪をレイプさせたんすかっ! あんまりじゃないっすかっ! しかもあんなキモいやつなんかにっ!」
「だって、これも読者からのリクエストなんだ」
「だ、だからって、真雪には愛する龍がいて、しかもかつて不倫させてあんなに辛い思いをさせておきながら、この展開はあり得ねえでしょっ! あんまりだっ!」修平の目には涙が滲んでいた。
神父尊は立ち上がり、修平の手を取って、ソファに座らせた。「まあ、落ち着きなよ、修平くん」
「俺、心底あなたを軽蔑します!」修平は反抗的な目で前に立った神父尊を見上げて睨み付けた。「良識ある原作者のやるこっちゃないっすよ!」
その時、ドアが開いて二人の男女が中に入ってきた。神父尊も修平も顔を上げた。
「こんにちは」「おじゃまします」
「ま、真雪っ!」修平が叫んで立ち上がった。
入ってきたのは真雪と鷹匠だった。仲良く手を繋いでいる。
修平はまた拳を震わせて顔を真っ赤にした。「真雪っ!」
「あれ、しゅうちゃん。来てたんだ」
「お、おまえ、なんでそんなやつといっしょに、こんなところにっ!」
「どうしたの? 修平さん」鷹匠がにこにこしながら口を開いた。「なんか怒ってるみたいだけど……」
「そ、その声……」修平は眉間に皺を寄せて二人をじろじろ見た。「た、鷹匠って……」
茶色に染めた短い髪、頬から顎にかけての短い髭……。
神父尊はにこやかな表情を入ってきた二人に向けた。「まあかけて、真雪ちゃんに龍くん」
「龍?!」修平が大声を出した。「お、おまえ! 龍だったのか?!」
「どう? 修平さん。俺の変装、なかなかでしょ?」
「お疲れさん。二人とも」神父尊が言って真雪と龍をソファに座らせた。
「おかしいと思ったんだ……」修平がコーヒーのカップを手に取った。
「落ち着いたかい? 修平くん」神父尊が言った。
「考えてみりゃ、鷹匠なんてやつ、高校ん時の同級生の中にいた記憶がねえからな。そう言えば」
「興奮した? しゅうちゃん」真雪がにこにこしながら言って、テーブルのチョコレートに手を伸ばした。
「するわけねえだろっ! お、おまえが龍以外の男に、しかもレイプされてんだ。怒りしか湧いてこなかったよっ!」
「ありがとう、修平さん。心配してくれて」龍も笑いながらコーヒーをすすった。
「読者からのリクエストだと言っても、」神父尊が話し始めた。「さすがに『真雪を誰かにレイプさせてください』っていう要求に応えるのにはなかなか悩んだ」
「でしょうね」
「で、相談したんだ、真雪ちゃんに」
「本人に、っすか?」
「そ。修平くんもさっき言ってたように、さすがに過去に辛い思いをしている真雪ちゃんをそんな目に遭わせるのは僕にも許せなかったし。でもネタとして言うだけ言ってみたんだ」
「あたしもね、今まで『Chocolate Time』に登場したことのない人に、しかもレイプされるのは絶対いやだったけど、せっかくの読者のリクエストも無碍にできないし……」
「別に断っても良かったんだけどさ、」神父尊が言った。「一旦立ち消えになったこの企画、数日後に真雪ちゃんと龍くんがアイデアを持って来てね」
「龍が変装して真雪をレイプするってシチュエーションっすか?」
「そ」
「確かにそれだったら真雪も全然大丈夫だな。中出しも龍だったらOKだし」
「あたし、ドラマの最中に何度も『龍』って叫びそうになったよ」
「だろうな。それに、おまえ、本当にレイプされてるんなら、自分からもっとやって、なんて言うわけねえかんな」
「えへへ……やっぱりばれてた?」
「いや、ばれちゃいねえし、俺もまんまと騙されちまったけどよ、よくよく考えたら真雪があんなに淫乱なわけねえからな。親しくもねえ男を自分から求めるなんてこと、絶対しねえだろ」
「うん。百㌫しない。でもさ、いくら変装してても目の前に全裸の龍が乗っかってるんだもん。あたしいつものように求めたくなっちゃって……」
「芝居にならねえだろ、それじゃ」
「龍に口を塞がれてから、もう龍の身体が欲しくて欲しくて堪らなくなっちゃって……」
「まったく……」
龍が満足したようにカップを口から離して言った。
「ところでさ、修平さんはどう思う? こんな俺の姿」
「違和感ありありだ。元に戻せ」
「だめかー」
「真雪ちゃんはどうなの? 龍くんのこんな姿」神父尊が訊いた。
「あたしは平気です。龍は龍だから」
「なるほどね」
「で、龍はかなり無理してたんじゃねえの? あの演技」
「うん。俺、最初は全く乗り気じゃなかった。芝居とは言え、真雪に乱暴するのはすっごく抵抗があったしね。しかもびんたしたり最後はぶっかけたりしなきゃいけなかったし……」
修平は眉尻を下げた。「おまえぶっかけんの極度に嫌ってっかんな。でもだったらなんであんなことやったんだよ?」
「あのシナリオは全部真雪が書いたんだ」
「ほんとか?」
「うん」
修平は呆れたように目を見開き、身を乗り出した。「激しすぎだろ。って、真雪、おまえあんなことされたいって思ってたのかよ」
「もちろん龍限定でね。だって、龍、優しすぎてあんなこと絶対やってくれないし。あたし、時々刺激が欲しいな、って思ったりもしてたから丁度良かったかも」
「あんなこと言ってっぞ、龍」修平は龍に目を向けた。
龍は軽く肩をすくめてまたカップを口に持っていった。
「でも、あの台本の中に一つだけ、俺自身の真実が語られてるセリフがあるんだよ」龍はにこにこしながら言った。
「真実?」
「そ」
「どれだと思う? しゅうちゃん」真雪は丸まった台本を修平に手渡した。
修平はその台本のページをめくりながらしばらく考えて、おもむろに顔を上げた。「わかった! これだ! 『初めて君を見た時から、僕は君の虜だったんだよ』だな?」
「ぴんぽーん!」「大正解!」
「相変わらずラブラブだな、おまえら」修平は呆れたように笑って、コーヒーカップを口に運んだ。
「でもね、」龍が言った。「あの話、エンディングが予定の台本と違ってたんだよ」
「違ってた?」修平がカップから口を離して目を上げた。
「うん。本当は最後、真雪は床に泣き崩れるってことになってた」
「なんでそうしなかったんだ? 真雪」
「さて問題です」真雪がにこにこしながら言った。「最後のシーンであたしがナイフを手に持ったまま考えていたことは何でしょう」
「そりゃあ、おまえ、そのナイフで次、またやってきた鷹匠を刺して復讐しようってつもりだったんじゃねえのか?」
「龍は?」
「うーん……。もしかしたら鷹匠の身体が忘れられなくなって、龍を亡き者にして鷹匠といっしょになろうって思ってたりして……」
「神父尊さんは?」
神父尊は困ったように口を開いた。「真雪ちゃんが自分のやったことの罪深さを悔いて、自分の胸にナイフを突き立てる……なんてね」
「みんな不正解」真雪が言った。「あたしね、あの時、うさぎのウーバちゃんにあげるにんじんを切るのに、丁度いいナイフだな、って思ってたんだ」
「なんじゃそりゃー!」三人の男はひっくり返った。
脱稿 2015,5,15
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★鷹匠 亮介の正体は、真雪の最愛の夫、龍でした(笑)
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