第6話 兄の切ない想いを page 1 / page 2 / page 3 / page 4


 その日、真雪は休みを取っていた。自らが経営しているペットショップのスタッフからの厚意で、誕生日の今日、家でゆっくり過ごすことを勧められたのだった。

 外は午後になっても時折雪のちらつく寒い日だった。広いリビングの真ん中に置かれたストーブの上でオレンジ色のケトルが口から湯気を上げ始め、真雪はそれをキッチンに運んで保温ポットに注いだ。そしてペットボトルからミネラルウォーターを空になったケトルに注いで、再びストーブに乗せた。

 真雪はまた浅葱色の大きなソファに座り、編みかけていた恋人龍のセーターを手に取った。

 真雪(25)は街の老舗スイーツ店『Simpson's Chocolate House』のオーナー、ケネス・シンプソンの娘。彼女には双子の兄健太郎がいて、ケネスに継ぐ三代目としてショコラティエの資格を取り、この店で働いていた。

 真雪は7年に亘り愛をはぐくんできた海棠 龍(21)と、来年の2月に結婚式を迎えることが決まっていた。龍は真雪、健太郎の母マユミのこれも双子の兄、海棠ケンジの一人息子で、真雪たちにとってはいとこにあたる。現在は街の新聞社に記者として勤めている。

 健太郎と龍は、いとこ同士でありながら外見が驚くほど似ていて、そういう意味でもシンプソン家と海棠家のつながりは深かった。

 不意にドアチャイムが響き、真雪は顔を上げた。

 彼女は玄関ホールに立ったとき、もう一度チャイムが鳴らされた。

「はい。どちら様?」

「俺だよ、マユ」

 表から明るい声が聞こえた。

 ドアを開けながら、真雪は嬉しそうに言った。「ケン兄!」

玄関先に立っていたのは、双子の兄健太郎だった。腕に黄色のバラの花束を抱いている。

「よっ、マユ」

「寒いから早く入って」

 真雪は健太郎を中に通した。

 リビングに通された健太郎は、真雪に花束を手渡した。「誕生日、おめでとう」そしてにっこりと笑った。

「わあ! ありがとう、ケン兄。うれしい」

 真雪は満面の笑みでそれを受け取り、腕に抱えたそれに鼻を近づけて息を大きく吸った。甘くかぐわしい香りが肺を満たし、真雪は少し身体が熱くなるのを感じた。

「座って。今コーヒー淹れるから」

「うん」

「丁度お湯が沸いたとこ。いいタイミングだね、ケン兄」

 健太郎は微笑みながら勧められるままにソファに腰を下ろした。

 キッチンに立った真雪は、コーヒーをドリップしながら訊いた。「お店は?」

「うん。午後から抜けさせてもらった」

「いいの? 今忙しいんでしょ? クリスマスも近いし」

「大丈夫。父さんもいるし」

「今日は特に冷えるね。はい、飲んで」真雪は健太郎にソーサーにのったコーヒーのカップを手渡した。

「ありがとうマユ」

「ごめんね、ケン兄あたしと同じ誕生日なのに、何もプレゼント用意してない……」

「気にするな」

 健太郎は笑いながら一口コーヒーをすすって、横に座った真雪に身体を向けた。

「マユ」

「なに?」真雪はカップから口を離した。

「俺、おまえに伝えたいことがあるんだ」

「伝えたいこと?」

「ずっと心の中にあった気持ちを、おまえに……」

 健太郎は真雪の目をじっと見つめた。いつになく真剣な光を宿したその瞳に、真雪はごくりと唾を飲み込んで、持っていたカップをソファの前のセンターテーブルに置いた。健太郎も同様に飲みかけのコーヒーのカップをそこに並べて置いた。

「おまえも……結婚しちまうんだな」

 健太郎の目が潤んでいた。

「な、なに? いきなり……」真雪は眉尻を下げて、照れたように笑った。「以前からわかってたことじゃない」

「俺、おまえといっしょにずっと暮らしてて、その日が来るのが実は怖かった」

「な、なんでよ……」

 健太郎はこぼれかけた涙を慌てて拭った。

「変だよ、ケン兄。娘が結婚することにナーバスになるのは父親でしょ? 普通」

「俺だって」健太郎は大声を出した。「おまえが隣からいなくなるのは辛い!」

 真雪は健太郎の手をそっと両手で包み込んだ。

「ケン兄には春菜がいるじゃない。彼女との結婚ももうすぐでしょ」

「ルナへの想いとおまえへの想いは違うんだ」

「違う……想い?」

「おまえは……俺の身体の一部」健太郎はうつむいた。「いっしょに生まれたからな……」

「ケン兄……」

 健太郎は目を上げた。「結婚する前に、俺はおまえへの気持ちを伝えたかった……」

 そして健太郎は両手で真雪の頬をそっと包み込み、ゆっくりと唇を近づけた。

 真雪は拒まなかった。

 健太郎は腕を真雪の背中に回し、身体をぎゅっと抱きしめた。真雪も兄の広い背中に手を回し、自分に押しつけた。

 いつしか二人は激しく唇を重ね合わせていた。何度も角度を変えながら、ぎゅっと目を閉じ、兄は妹の、妹は兄の唇の感触を味わい、その想いを確かめようとしていた。

 健太郎の手が真雪の着ていたセーターの裾から忍び込み、その豊かな胸の膨らみに到達した。

「だ、だめ、ケン兄、これ以上は……だめだよ……」

 真雪は息を荒くしながら身体を硬くした。

「マユ……」

 健太郎は包み込んだ真雪の乳房をブラウス越しに荒々しくさすり始めた。

「あ……ああ……」

 真雪は甘い声を上げ始めた。


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