第7話 赤い薔薇の秘密 page 1 / page 2 / page 3 / page 4


 穏やかな休日の朝、修平は新聞に目を通しながらトーストにかじりついた。

 

「夏輝、」

「何? 修平」キッチンに立ったまま、夏輝は応えた。

「おまえさ、俺の首筋にキスマークつけんの、やめてくんねえかな」

「何で? 愛情表現じゃん。嬉しくないの?」

「いや、嬉しいけどよ、さすがに恥ずかしいだろ。こんなところにキスマークなんてよ」修平は右耳の下の赤い跡に指を這わせた。

「あたし、あんたのその部分って、大好きなんだよ。エッチの時は絶対に吸い付きたくなる」

「なんだよ、それ」修平は呆れたように笑った。

 

 彼がコーヒーのカップを手に取った時、傍らのスマートフォンの着メロが鳴った。修平はそれを手に取り、ディスプレイを見た。「ん?」

「誰から?」サラダをキッチンから運んできた夏輝が訊いた。

「春菜からだ」

「春菜? 珍しいね」夏輝はテーブルの真ん中に置いてある花びんを少しだけ回した。

 

 挿してある薔薇の真っ赤なビロードのような花びらが一枚、テーブルにひらりと落ちた。

 修平はスマートフォンを耳に当てた。「おう、どうしたんだ? 春菜」

『あ、天道くん?』電話の向こうの声は少しだけ震えていた。

「何だ? 春菜、どうかしたのか?」

『……』

「おい、何かあったのか?」修平は春菜の沈黙にいつもとは違う雰囲気を感じ取って、少し焦りながら言った。

『天道くん……、話があるの』

「話?」

『今日、会えないかな』

「い、いいけど……」修平はちらりと夏輝を見た。

 夏輝はサラダにドレッシングをかけていた。

『もし、時間があれば、の話だけど……』

「いいぜ、俺も今日は何にも予定ないし」

『ありがとう』

「じゃあ、俺んちに来いよ。夏輝と二人で話を聞いてやっから」

『あの……』

 春菜は言い淀んだ。

「どうした?」

『て、天道くんと二人だけで話がしたいんだけど……』

「え? なんでだ?」

『天道君はケンの親友だし、夏輝には余計な心配かけたくないし……』

「ケンタのことか?」

 春菜は囁くような声で言った。『うん……』

 修平はその息を潜めたような声に、何かただならぬ秘密めいたものを感じて、ごくりと唾を飲み込んだ。

「で、どんな話なんだ?」

『……今は……言えない。会ってから』

「言えない?」

『だめ?』

「い、いや、別に構わねえけど……」修平はちらちらと夏輝の様子をうかがった。夏輝は手を止めて修平をじっと見ている。「わ、わかった。じゃあ、10時に『センセーション』で」

『うん。ごめんね、せっかくの休みなのに』

「いいさ」

 

 修平は通話を切った。夏輝が口を開く前に修平は言った。「春菜がよ、ケンタのことで話があるって」

「ふうん」夏輝はいつもどおりの笑顔で言った。「どんな話?」

「さあな。会ってから話すんだと」

「そ。でも、春菜が修平に相談するなんて、珍しいよね」

「だよな」

「あんた学校でもいろいろ生徒の相談にのってやってるんでしょ? だからじゃない?」

「そうかもな」

「それにあんたケンちゃんの昔からの親友だしね」

 修平は軽く首をすくめ、皿のトーストを再び手に取り、かじりついた。

 

 夏輝はテーブルに落ちた薔薇の花びらを指でつまみ上げ、自分のトーストの乗った白い皿に置いた。

 

 喫茶『センセーション』。店の一番奥、窓際のテーブルに、春菜と修平は向かい合って座った。

「ごめんね、天道くん」すでに春菜は涙ぐんでいた。

 修平は焦って言った。「い、一体どうしたってんだよ、春菜」

「あ、あたし……もう、どうしたらいいかわからない……」瞳にいっぱいに溜まっていた涙が、彼女の両目からぽろぽろとこぼれた。

「は、春菜……」

 

「て、天道くん、助けて、私を助けて!」春菜は涙をこぼしながら目を上げ、すがるように修平を見た。

「春菜、と、とにかく、何があったか訊かせろよ」

「うん……」春菜はうつむいて目を閉じた。

 

 そしてそのまま静かに呟いた。

 

「ケンが浮気してる……」

 

「ええっ!」修平は驚いて目を見開いた。「ケ、ケンタが? う、浮気?」

「うん……」

「ま、間違いねえのか?」

「毎週水曜日、お店の定休日の午後、必ず出かけていくの」

「ケンタがか?」

「うん」

「どこに?」

「わからない……」

「わからねえ? で、でもそれでなんで浮気ってわかるんだ?」

「先週の水曜日、帰ってきたケンの首筋にキスマークが……」春菜はさらにうつむいた。

 

「キ、キスマーク?」修平は凍り付いた。「く、首筋って、ど、どこに?」

 

「ちょうど右の耳の下あたり……」

「な、何だって!?」修平は自分のその部分に、春菜に気づかれないようにそっと手を当てた。

 


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